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2007年5月18日 (金)

種の保存について考える

 庭にイチゴが生りました。
 母が植えたもので、「あまり甘くないけれど、出来ると嬉しい」と言っていました。確かに、甘くは無いけれども自然な甘酸っぱさが心地よいイチゴでした。

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 そこでふと思い出したのが、トマトの栽培では、水分を押さえると糖度が上がるらしい、という事。詳しい事は忘れたが、環境が過酷になると、種の保存のために養分を蓄えようとする結果らしい。

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 そこで更に思うのが、同じ種の保存として、人間はどうだろう?という事。
 環境が過酷になると、人は何かを残そうとするだろうか?

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 私は、それは否、と考える。
 特に子の成育に限って考える事にするが、例えば親の不仲は子の成長に著しい悪影響を与えるし、産前の悪影響は、その子の発達そのものに悪影響がある。

 あるはずが無いとされている拳銃によって起こる、個人の暴走。それが世代をさかのぼってその人に与えてきた環境と無関係では無いだろうと思うのだ。そして、思うだけならたやすい、とも思うのだ。

 様々な要因が絡みあうだろう。永遠に解決する事は無いだろう。万人が平等であるという事は、個々の能力を尊重するという館前の上では、それそのものがありえないのである。
 人が人の事を思う以上、数式のようにはいかないと思う。

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